出口に向かいながら、蔵馬はに問いかけた。
、さっきのことなんだけど…。ミスター・クレプスリーたちと知り合いってどういうことなんだい?」
「ああ、うん。実は昨日の夜にね…。」
が蔵馬の問いに答えかけたところで、
「こんばんは。今夜はショーに来てくれて、ありがとう。」
に話しかけてくるものがいた。が顔を上げると、目の前に海賊の格好をした少年、ダレンが立っていた。ショーでは暗く浮かない顔をしていたのに、今はにっこりとこちらに微笑みかけている。
「ねえ、これからシルク・ド・フリークのメンバーでパーティを開くんだ。良かったら、一緒に来ない?」
ここでダレンはから蔵馬の方へと視線を移した。
「もちろん、そっちのお兄さんも一緒にね。」
「パーティって?」
やや戸惑った様子ではダレンに尋ねた。
「うん。新しく来た土地で最初に公演した夜と、最後に公演した夜は必ずやるんだ。警察やお役所の人たちにショーのこと嗅ぎ付けられた場合に、黙っててもらうための接待の意味もあるんだけどね。」
大きな青いガラス玉のような瞳でと蔵馬を見つめながらダレンは答えた。
「なるほど。」
蔵馬がダレン少年の答えに頷いた。
「で、どうかな?ぜひ来てよ。大丈夫、飲食代は全部こっち持ちだよ。2人からお金巻き上げたりしないって、約束するよ。」
「こんな真夜中に飲み食いすると、太るんだけどなー…。でも、楽しそうだし、たまにはいいかしら。」
左腕に付けた腕時計を見ながらが言った。それにしても小枝のようにスレンダーな体をしていながら、太ることを心配するなど、他の女性から見たら妬ましい限りだろう。
「うん、行く行く。ダレン君、連れて行って。」
の返事にダレンは嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「良かったあ。じゃあ、2人とも僕に付いて来てね。」
ダレン少年は2人を案内しようと先に歩き出した。がダレンの後に続く。
「あんなに可愛らしい、俗に言う年上キラー系の男の子といつの間にか知り合いになっているなんて…。、どういうことか後でじっくり説明してもらうからね。」
とダレンに聞こえないように小さく口の中でそう呟くと、蔵馬も先に行った2人の後を追って歩き出した。

たちがダレンに連れていかれたのはサーカスの会場の大テントの裏に設営された、中型のテントの中だった。テントの中には大きな丸テーブルとそれをぐるっと囲むように置かれた椅子には、さっきショーに出演した芸人の他にも裏方スタッフなど、たくさんの人間が座っていた。テーブルの上にはフライドポテトやクラッカー、生クリームがたっぷり使われたケーキなど、食べ物がどっさりあった。
「おお、ダレン!どこ行ってたんだよ?」
酒が入ったのか、上機嫌な口調でそう言ったのはコーマック・リムズだ。
「お客さんを連れて来たんだ。」
「何?客人だと?」
騒々しいパーティが嫌いで、あまりそういったものに興味はないが、今日は珍しく参加していたクレプスリーが問う。そして、ダレンの後ろにいたを見ると、おおっと声を上げ、立ち上がって挨拶をした。
「これはこれはお嬢さん、昨晩はお世話になりました。本日のショーも見に来てくださったのかな?ありがたい限りだ。」
慇懃にに向かって礼をした。
「いいえ。でも、私の方も驚いたわ。あなたたちがこのサーカスの一員だったなんて。」
口元に皮肉めいたかすかな笑みを浮かべ、首を横に振りながらクレプスリーが言った。
「このシルク・ド・フリークほど、我が輩たちにとって安全な隠れ蓑はありませんのでな…。」
ここで、ショーのオオトリを務めた蛇少年、エブラ・フォンがと蔵馬にグラスを持ってきて手渡した。
「積もる話は後でいいから、お客さん、とりあえず座りなよ。何がいい?ワインとか、日本酒もあるぜ。」
「俺達は一応まだ未成年なので…。ノンアルコールの飲み物をいただけますか?」
エブラからグラスを受け取りながら、蔵馬が言った。
「わかった。」
エブラがジュースの入ったペットボトルを取りに行った。
「こっちこっち。こっちに座って。」
自分とクレプスリーの隣に2つの席を用意しながら、ダレン少年はと蔵馬に手招きする。
と蔵馬はフリークたちの宴に遠慮なく参加させてもらうことにした。

「バンパイア一族…ですか。俺も知識としては知っていましたが…、実際にお会いするのは初めてですね。」
クレプスリーから聞いた話に相槌を打ちながら、蔵馬が言う。
「そうだろうな。我が輩たちはもともと絶対数が人間に比べたらかなり少ない上に、基本的には皆世界中バラバラに散って、旅をしながら暮らしておるからな。」
「お前さんは、見た目こそ我が輩より若いが、目を見ればわかる。相当な年月を生きてきたとお見受けするが…?」
「ええ。日本語で言う変化、あやかしと言った類のものをご存知ですか?俺はそのなかの一種に当たるんです。」
「ほう…。」
静かに訥々と、蔵馬とクレプスリーはお互いのことを語り合っていた。この2人は見た目こそ親子ほどに年齢がかけ離れているように見えるが、その外見よりも遥かに長い年月を生き、熾烈な戦いをくぐり抜け、知恵を蓄えてきたという経験は共通していた。そのため、ほんの少し会話を交わしただけで、お互い気が合うということがわかったのだろう。
クレプスリーはグラスの中の赤ワインを一口啜った。実際は違うとわかっていても、バンパイアが赤い液体を飲んでいるとなると、どうしても血を飲んでいるように連想してしまう。人間が作り出したバンパイアのイメージが、俺にもしっかりと刷り込まれてしまったな、と蔵馬は思った。

ダレンはと話し込んでいた。
「クレプスリーから、精霊使いって何か聞いたよ。え〜と…万物に宿る根源の力を引き出し自在に扱うことができる異能力者…だっけ?まったく、クレプスリーの説明はいつも分り辛いんだ。」
ダレンはぷぅっと不満げに頬を膨らませた。
「そんなに難しく考えなくてもいいのよ。ただ、いろんなものを、普通の人間よりちょっと器用に扱えるってだけの話なんだから。」
エブラからもらったジュースを飲みながらが答えた。ダレンは目をキラキラさせながらの話を聞いているので、彼女も話甲斐があるというものだ。ダレンとはいろいろなことを語り合った。が疑問に思っていた、ショーでダレンが浮かない顔をしていた理由は、あくまで演出のためだったそうだ。
「ねえ、明日、ショーがない時間に、僕とエブラで日本観光する予定なんだ。どこか、お勧めの場所とかないかな?」
「ショーがない時間って、昼間?ダレン君、あなた大丈夫なの?バンパイアは…。」
「大丈夫だよ。僕は完全なバンパイアじゃない。ハーフバンパイアだから、まだ昼間でも出歩けるんだ。」
そう言った時、ダレンの青い瞳に一瞬だけ悲しみの影が過ぎったように見えた。ハーフバンパイアと言うと、人間とバンパイアの混血児を連想してしまうが、実際は違う。完全なバンパイアになる前の過渡期の存在なのだ。ハーフバンパイアの期間中に、彼らはバンパイアの流儀を学ぶ。人間の血が残っているお陰で、昼間でも出歩くことができる。ただし、力は完全なバンパイアには劣るが、普通の人間よりは遥かに強いため、人としての生活は困難であり、いずれは残った人間の血もバンパイアの血に駆逐されてなくなってしまう不安定な存在でもある。
「そうなんだ。でも、土地に不案内な二人だとちょっと不安じゃないかしら?ガイドがいた方が良くない?」
はちょっとだけ、眉を寄せて何やら考え込んだ。やがて、ぱっと笑顔を浮かべて、
「今日はシルク・ド・フリークの皆に素敵なショーを見せてもらったことだし、私が案内してあげるわ。学校は…いいや、サボっちゃえ!形代を私の代理で学校に行かせればいいし。」
、随分と悪い子になりましたねえ…。」
聞いていないようで、しっかりと実はとダレンの会話を聞いていたのだろう、蔵馬が会話に加わってきた。
「何よ。国際交流だって、立派な勉強よ。」
が蔵馬に口答えする。
「それじゃ、俺も貴重なその国際交流のお勉強の機会に加えてもらえます?大勢の方が楽しいでしょう?」
蔵馬はチラリとダレンを見やった。その瞳にかすかな怒気が含まれているような気がして、ダレンは一瞬たじろいだ。だが、根が素直なダレンはあどけない笑顔を浮かべて、
「うわぁ、さん、蔵馬さん、ありがとう。」
2人に礼を言った。
「どういたしまして。」
卒なく蔵馬も礼を返す。彼のことを何も知らない人間からは、いかにも礼儀正しい好青年に映る光景だ。
「蔵馬も学校サボるわけ?ま、いいけど…。それじゃ、明日また、あ、もう今日かしら?お昼の10時くらいに、ここに迎えに来るから、エブラ君と二人で待ってて。」
「うん。」
「二人とも、すまないな…。ダレンをよろしく頼みますぞ。ダレン、お二方に迷惑をかけるでないぞ。」
クレプスリーがダレンを軽く小突きながら言った。
「子供扱いしないでよ!常識じゃないか、そんなこと!」
うるさそうにダレンはクレプスリーの手を振り払う。
「さて、それじゃ、俺達はそろそろお暇させてもらおう、。彼らはまだこれからショーの後片付けもあるんだし、長居しすぎては悪いよ。」
「そうね。じゃ、ダレン君、エブラ君、二人ともまた明日、バイバイ。」
と蔵馬は、テントの入り口の垂れ幕を捲り、シルク・ド・フリークのメンバーに別れを告げた。

「俺の知らない間にバンパイア達と仲良くなってるなんて…。は油断も隙もないな。すぐ危ない真似をするんだから…。」
夜明け前の一番暗い闇の中を歩きながら、蔵馬がぼそりと呟いた。すかさず、きっとは顔を上げた。
「蔵馬、誤解してない?バンパイア一族はけして血に飢えた化け物ではないのよ!?彼らは弱者からは絶対に血を吸わないし、顔見知りの人間から血を吸うときは、必ず許可を貰う…。危ない所なんて一つも…。」
「彼らが厳しいルールを守って生きている気高い一族だってことは俺も知ってるよ。ただ、俺が心配してるのは…。」
やや強い調子で蔵馬はの話を遮った。
が俺の知らないところで、俺以外の男と仲良くなってたってこと。しかも、二人ともなかなかイイ男だし。一人は母性本能をくすぐるカワイイ系の美少年。もう一人は頼りがいのある魅惑的な大人の男…。」
「ちょっと蔵馬何心配してるのよ…。私の気持ちはわかってるでしょ?」
そのの言葉にかすかに微笑み、蔵馬はの頬にそっと手を当てた。
「わかってるよ。わかってるけど…。君は魅力的だから、悪い虫が付きそうで心配なんだ。」
は頬に当てられた手に、自分の片手もそっと添えた。
「ヤキモチ焼きなんだから…。私に寄ってくる悪い虫がいたら、殺虫剤を片手に追い回されるよりも、もっと酷い目に遭うんだからね。」
くすっと蔵馬は笑い、そっとの柔らかい唇にキスを落とした。
「さすが、俺のお姫様だ…。」